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会社にも卒業があっていいと思う

今週のお題「卒業」


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久しぶりの投稿となりましたが、今回は今週のお題である「卒業」について記事を書いていきたいと思います。

いつもはお題にまつわる歴史や意味を探っていってくだらない考察をしてきたのですが、
今回は趣を変えてただのくだらない考察をしていきたいと思います。


卒業って何なんですかね。
小学校、中学校、高校、大学では卒業がありますけど、社会人になってからは卒業ってないですよね。
とすると、学業を終えるとき、修了するときに卒業ってなるということですか。
卒業証書ってありますもんね。



でもアイドルも卒業してますよね。
この理屈からすると彼ら彼女らはアイドルとしてメディアやら音楽業界で活動する傍ら、
裏で何かしらの学業を修了したってことになります。


ん?何の学業を修了したんだ?

そもそも学業とは何なんでしょうか。


小学校~大学で共通していることから考えてみましょう。
小学校で学業といえば算数、理科、国語、理科、社会でしょう。
これがさらに発展していって数学、物理、化学、地理、公民、古文、漢文とかになっていくわけです。
発展系なので、すべての学業は小学校で修了した五教科に帰結するでしょう。


とすれば、


卒業するアイドルたちはこの五教科から発展する何かしらの学問を修了したことになります。


しかも、


卒業する年齢は20代前半くらいが統計的な中央値と仮定すると、
少なくとも大学~大学院レベルの学問は修了しているはずです。
第一原理計算を駆使した金属単結晶上の水分子の配向性のシミュレーション計算や、アーベル多様体の Birch-Swinnerton-Dyer 予想を勉強している可能性は0ではありません。



テレビとかクイズ番組でアイドルたちが出演してよくおバカな回答をしているシーンはよく見かけると思います。
しかし、
その裏では実はしっかり勉強をしていて、
高度な学問について日々研究していると考えられます。


例えば物理学者に歴史の問題を出したところで多分答えられないですよね。
彼らは物理に特化しすぎた分、他のパラメータが低い。
物理界の天才、アインシュタインに日本の幕末のことを問題に出しても答えられないわけですよ。
アインシュタインからしたら日本の幕末のことを詳しく知る時間があったら、相対性理論のことをもっと研究しているはずです。


何が言いたいかというと、
アイドルたちはアインシュタインと同じだということです。
ある学問に特化してしまったがために、一般常識であるクイズに答えられないわけです。
アイドルにしたらそんな一般常識を身に着けるくらいなら自分の学問の発展に時間を使ってます。
決しておバカなわけではないんです。


おバカだったら卒業はできないんです。
だって学問を修了できないわけだから。


・・・


でもちょっと待ってください。


アイドルたちが所属する事務所は学校法人とかの教育機関でしょうか。
教育機関でない法人が卒業証書を発行できるのでしょうか。

もしできるのだとすると誰でも卒業証書を発行できるということになりますよね。
そこらへんのおじさんも発行できることになります。
そこらへんのおじさんが発行した卒業証書は何の効力も持たず価値は一切ありません。
便所の落書きと一緒です。


とすると教育機関でない事務所は卒業証書を発行できないはずです。
ということは何かしらの学問を修了するということもないということになります。
てことは今までの考察はすべて根本から崩壊することになります。


すなわちアイドルたちは何かしらの大学レベルの学問を勉強しているわけではなく、
おバカに見えるのはある特定の分野に特化したためではなく、
ただの本当のおバカである可能性は否定できません。


このことから卒業という概念は、必ずしも学業を修了することが必要条件ではないと結論づけることができます。
しかしアイドルたちは「卒業」というある種の権利みたいなものを行使できています。


となると卒業という解釈の幅を広げる必要が出てきます。


アイドルが卒業するときは事務所から通達されるからでしょうか。
それとも自発的に卒業を希望するのでしょうか。


卒業時期がバラバラであったり、事務所の在籍期間に傾向が見られないことから推測すると後者の可能性が高いと推察されます。
すなわち卒業とは必ずしも学校のようにこの時期に行われるものではなく、自らの意思によっていつでもできるものであります。


では、学校でいうところの卒業とアイドルたちの卒業の共通項は何なんでしょうか。


それは環境やステージが変わるということでしょう。


小学校を卒業すると中学校という新たなステージに進むことになります。
今まで勉強していた算数は数学という教科に姿を変えます。
またステージを変えるごとに周りの人間や地域が変わっていきます。
周りの景色が変わっていくのです。


アイドルに関しても同じで、
卒業した後は役者に転身したり他の分野にステージを移しています。


このように卒業というものは、ステージを変えることと定義することによって、
学校とアイドルの間に矛盾なく解釈することができます。



「卒業とはステージを変えることである。」


とすると引っ越しはどうでしょうか。
引っ越しも今ある環境からステージを変えて新しい環境に移行する行為であると言えます。
すなわち引っ越し=卒業と言い換えることが可能です。


俺、この町を引っ越すんだ。というセリフと、
俺、この町を卒業するんだというセリフは同義です。



この解釈が適用できるもう一つ例を紹介しましょう。

それは転職です。

転職も今いる会社から環境を変えて新しいステージに移行するわけですから、
転職=卒業と言い換えることは可能です。
したがって次のような会話は全く不自然ない会話として成立します。



「課長、お話があるのですが少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

「ん?どうしたのかね」

「今までクソお世話になりました。私は今月をもってこの会社を卒業いたします。」

「おお、そうか。それはおめでたい。次の会社でも立派に活躍することを願っているよ。」

「ありがとうございます。課長や皆様と過ごした日々は私にとって宝物です。この会社で学んだことを次の会社に活かしていきます。」

「ああ、卒業おめでとう。」


このような晴れ晴れとした流れで転職を切り出すことが可能です。


近年では退職代行という、退職を言い出せない社員に代わって上長に退職を願い出るサービスがあると聞きます。
それほど転職や退職というのは精神的なハードルが高いということです。
退職を願い出ると責められるのではないか、次の会社に移ったところで今と変わらないとか言われるのではないか、
引継ぎはどうするんだとか色んな叱責をされることは容易に想像できます。


一方で転職を卒業と言い換えるだけでこんなにも爽やかに話が進むんですね。
上長も部下が卒業することはおめでたいことですし、嫌な顔をされる心配はありません。


この解釈は前職の在籍期間が短いときにも効力を発揮します。
前職を1年務めて転職したとなるとなかなか世間のイメージは悪いと言えるのではないでしょうか。
どこか根性のないやつだ、やめ癖があるやつだというレッテルを貼られかねません。


そこを卒業と言い換えてやるのです。
「前職を1年で卒業してきました」と言ってやるのです。


このセリフのインパクトは強烈です。
大学を1年で卒業したと同等の内容を有しています。
4年かけて学習する内容をわずか1年で習得して卒業したと言ってるのと同じです。

有能な人材であることは間違いないです。
長年勤めているベテランなぞ相手になりません。


前職を1年で卒業してきた逸材が面接に来たとなれば人事部はパニックでしょう。
何としてもこの貴重な人材を逃さないはずです。
すさまじい市場価値です。


これはバイトを急にバックレる輩にも言えます。
バイトに来たと思えば3日で煙のように消えてしまうバックラーは実はバイトを3日で卒業したんです。
彼らはあまりにも成長のスピードが常人とかけ離れているため、一つの環境で大きなものを吸収し、
また新しいステージを登っていくのです。


また、会社としても精神的な負担が大幅に軽減されることも期待できます。
経営が不振になり、社員をリストラしなければならないとき、どう切り出しますか?


「君は明日から来なくていい。」


このセリフは言われた方も言う方も精神的な負担がかなり大きいです。
それを卒業と言い換えるとどうでしょうか。


「君は今日でこの会社を卒業だ。」
「明日からまた新しいステージで頑張ってくれたまえ。」


リストラがおめでたい雰囲気に変わっています。
これなら会社も安心してリストラできます。
残った人たちで立派な卒業式をあげると喜ばれるかもしれませんね。
最後に紅白饅頭を渡し、新しい門出を祝ってあげましょう。


卒業を命じられた社員も、リストラよりかは卒業の方がなんか自分は成し遂げたんだろうと思うことでしょう。
あまりにも爽やかな出来事に思わずありがとうございますと言ってしまいそうです。



手には紅白饅頭。頭の中にコブクロのYELL~エール~がリフレインしています。
明日からは新しいステージが待っています。




かくいう私は、

もしリストラにあったとき上司に紅白饅頭を渡されたら

彼をぶん殴ってしまうと思います。