ほげーむわーく

宿題をゲームのように楽しむブログ

自転車と女子大生と僕と

今週のお題「わたしと乗り物」

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ちょっと聞いてほしいことがある。

ある朝のこと。いつものように会社に行こうとマンションの駐輪場から自転車を取り出そうとしたところ、後輪に違和感が。
ペシャンコ。しぼんだ風船みたいにペシャンコ。


焦った。
かなり時間ギリギリに家を出たので急がないと会社に間に合わない。にも関わらず後輪さんのテンションが低い。やばい。やる気を出してもらわないと遅刻する。呑気に朝ドラを見ている場合ではなかった。


その日は後輪さんのコンディションが万全だとしてもかなり頑張らないと間に合わないほどの時間であった。
しかし私には後輪さんのコンディションに気を配っている余裕はない。半死半生の後輪さんには申し訳ないが、半ば引きづるようにして本気でペダルをまわした。
自分の中の秘めた力を解放した瞬間であった。身体中の神経という神経を集中させペダルをまわした。私はペダルと一体化した。
ペダルだ、ペダルだけが頼りだ。
自転車とはチームプレイだ。後輪やほかの部位が負傷しても他のどこかの部位が頑張ればいい。
そう信じて一目散に会社を目指した。


後輪氏の状態がまずい。一回転するごとにガタガタと振動する。振動するごとにケツに刺激が伝わる。ケツが割れてしまいそうだ。いやおそらく割れていただろう。
しかしケツが割れてしまったことを心配している暇はない。
私は目が血走りながらひたすら走った。般若のようだった。ケツの割れた般若がガタガタ揺れる自転車で高速移動している。夜中に出くわしたら幽霊であろうと道を譲るであろう。


己の限界を超えてようやく会社に着いた。やった、間に合った。
そこからは般若はいつもの恵比寿顔に戻り、なに食わぬ顔で通常業務に入った。ケツが割れたまま。



いつも通り最高のパフォーマンスをして仕事を終えた。
普段ならこのまま一直線に自宅に帰るところだが、今日は寄るところがある。自転車屋さんだ。
朝、過酷な回転運動によって後輪氏は瀕死の状態だった。
明らかなパンク。これ以上ないパンク。ザ・パンクといえる状態だった。

さすがにこの状態で運転していくことはできない。
仕方がないので押して歩くことにした。


その日は夕方でも日差しがあって暑かった。汗が止まらない。
汗だくの般若が自転車を押していた。のろのろと。夜中に出くわしたら幽霊であろうとタオルを差し出してくるだろう。それほど尋常でない汗だった。


小一時間ほど歩いて自転車屋に着いた。
ほどなくして店員が現れた。
無駄な髪の毛を一切排除した色黒の50代男性店員だ。思わず命だけは助けてくださいとお願いしそうな風貌の店員だった。


「どうされましたか?」


命乞いをしようと考えていた私にその店員が話しかけた口調は柔らかかった。
その瞬間に私は悟った。
この人になら安心して自転車を任せられる。私の自転車を治せるのはこの人しかいない。
それはまるで難病を治療するスーパードクターのようだった。

パンクを治してほしいとお願いすると、任せてくださいと言わんばかりにスーパードクターは治療に入った。正確には患者を治療室に連れていった。


治療の間、店内で待っててくださいと言われたので店内で待たせてもらうことにした。
店内には色んなカッコいい自転車が並んでいた。自転車屋さんのようだった。
自転車が並んでいる店の奥の方にカウンターがあり、その近くに椅子が2つほど並んでいた。
自転車を買う際は、このカウンターで色々手続きをするようだ。


椅子には女子大生と思われる女性が座っていた。スマホを食い入るように見ていた。
・・・購買の手続き待ちかな?そう思った。


私も椅子に座って治療を待とうかなあと考えたが踏みとどまった。
ここにくるまで大変な汗をかいている。
衣服に染み付いた私のo−クレゾールが大変芳醇な香りを放っている可能性がある。


あの女子大生に近づいてはいけない。よもや隣の椅子に座ろうなど、そんなことやっちゃいけない。
私が恐れるのは今時の女子大生の情報拡散力だ。女子大生を通じて世界中に情報が行き渡ってしまう可能性がある。電波塔だ。
そんな電波塔にこの鉛筆の芯のような芳醇な香りが彼女の鼻腔を刺激してしまったらもうお終いだ。
きっとその瞬間から「鉛筆野郎」というあだ名をつけられ、これからの人生をThis is a pen.として過ごさなければならないだろう。


そんな持ち前の危機管理能力で危険を回避した。
椅子に座るわけにもいかないので店内の自転車を見て回った。
一時期弱虫ペダルをアホみたいに見てたので、自転車を見るのは楽しかった。


そうこうしているうちにパンク修理のスーパードクターが、
「パンク修理でお待ちの方〜、修理がおわりました〜」


あ、修理終わったんだ。「はーい、、、」とスーパードクターの元へ向かおうとすると、女子大生がスッと立ち上がった。


「お待たせしました」


スーパードクターが女子大生と話している。どうやらあの女子大生もパンク修理だったようだ。

店内はそれほど広くなかったので2人の会話が聞き取れた。


「お待たせしました。タイヤの一部にやはりパンクが見られました。」
「パンクは完全に治せましたので、安心してください」
「今日は初回なので修理代は結構です^ ^」


初回なので修理代は結構です^^


良いことを聞いた。初回はタダなのだ。良かった。私も初回だ。今までパンクといえば結構な金額を払わされていたのでお財布事情が心配だったところだ。


女子大生も驚いたようだった。最高の自転車屋ですね、と言わんばかりの眩しい笑顔でお礼を言って、完璧に修理された自転車と共に夏の夕暮に溶けていった。
私は少し鼻が高かった。私が見込んだスーパードクターはやはり本物だ。会社の同僚にも勧めてみよう。名医がいる伝説の自転車屋さんのことを。


女子大生がいなくなった店内で私は自分の自転車の修理を待つことにした。


私は楽しみだった。時間が流れていくのが早く感じた。
私は運がいい。こんな出会いをくれるなんて。自転車がパンクしてくれたおかけで私はこの場にいることができるのだ。


また来よう。元気になった自転車を連れて。あなたのおかげで快適に通勤ができているのだと。
溢れんばかりの思いで胸いっぱいになった。


そしてその時は訪れた。


「パンク修理でお待ちの方〜」


あの優しい口調が店内に響いた。間違いなく私の番だ。




伝えよう。感謝の気持ちを。



誓おう。またここに来ますと。



私はスーパードクターのもとへ駆け寄った。



ドクターは笑った。



「530円です。」